written by nano
1ヶ月前:10月15日
主人公視点とシモン視点があります。
主人公 side
「あ……、おかえりなさい。」
ふと、人の気配を感じて目を開けると、目の前にシモンの顔があった。
その瞬間、覚醒する。
「どうしたの。今日も帰れないかもしれないと伝えたはずだけど。」
その表情には疲れが滲んでいるし、口調には少し咎めるようなニュアンスも感じられる。
私はどうやらいつの間にか寝てしまっていたようだ。
「もし、シモンが帰って来なかったら適当な時間に帰ろうと思ってたよ……」
「でも、気が付いたら寝てしまっていた?そろそろ夜は冷えるようになってきたから、この時間のソファーでのうたた寝は感心しないな。」
目を落とすと、寝てる間も握りしめていたらしいスマホのロック画面が目に入る。
日付は変わって今日は十月十五日、シモンの誕生日まで丁度あと1ヶ月だ。
今年のシモンの誕生日をどうやってお祝いしようか考えていた私は、彼の部屋でならいいアイデアが浮かぶかもと思って訪ねて来ただけで、だから、もしシモンに会えなくても良かったのだ。
勿論、会えるのを全く期待していなかったと言えば嘘になるけれど……
そんな言い訳を心の中で考えながら何て言おうか逡巡していると、ふわりと抱きしめられていた。
外から帰って来たばかりのシモンの体はまだ少し冷たい。
でもそれも気にならなくなった頃に、シモンが「ごめん」と呟いた。
「責めるつもりはなかったんだ。ただ、思いがけずきみに会えて僕も少し動揺していたのかもしれないね。」
「帰って来たって事は、一区切りついたの?」
「残念だけれどついついてない。少し切り替えようと思ってね。でも、想定外に良い事があったからその目的は十二分に達成できたよ。ありがとう。」
「良い事?」
「うん、きみに会えたし、きみの新しい写真も入手できた。」
……新しい写真……?いつの間に……?
「見せて!」
ぱっと、顔を上げると、いつもの私を揶揄うような表情をしたシモンと目があう。
「今は駄目。次に会った時に見せてあげるよ。それまでこのきみの寝顔は僕だけのものだね。」
そういって、微笑むシモンの表情に、さっき感じた印象はもう無かった。
その次がいつになるのかは分からないけれど、一ヶ月以上先という事はないだろう。
シモンside
研究員のひとりから手渡されたデータは、今まで集めたデータが結論を出すには明らかに不足しているという事実を示していた。
元々、自分が出した彼への指示が不足していて、メンバーの中で彼の結果が出たのは一番遅く、他のメンバーは既に帰宅していた。いますぐ追加で実験をすると目の前で言い募っているが、その顔には自身の結果がプロジェクト全体に与えた影響への不安と今までの疲労が色濃く浮かんでいた。彼にはいったん休息と切り替えが必要だ。
追加の実験は明日手分けして行う、ここまでのデータは自分が明日までにまとめておくから大丈夫だと伝え、今日は自分も帰るから帰宅するようにと告げて、一緒に研究所を後にする。
思いのほか夜風は冷たかった。
最近この研究所へ来たばかりの彼への指示が彼にとっては十分ではなかったのも、データを途中で確認するタイミングが取れずに追加の実験が必要だという事実を把握するのが遅くなったのも、全て僕自身の責任だ。
恐らく、休息と切り替えが必要なのは彼だけではないのだろう。
自宅マンションの前で彼女の部屋を見上げると、電気はついていなかった。
既に日付は変わっているが、彼女は寝るのが遅い時間になることもあるから、もしかしたらまだ起きているのではと思っていたが、どうやら期待は裏切られたらしい。
彼女とのメッセージ履歴に目を落とし、僕の部屋に入る許可を求める彼女への返信に、もしも「今日も帰れないかもしれない」という一文を付け加えていなければ、まだあの部屋の灯りはついていたのだろうか。そうでなくても、彼女の仕事が今もう少し忙しければ……そんな事をつい考えてしまう。そうして、彼女の事を考えながら自室のドアを開けると、ソファーで眠る彼女の姿が目に入った。
スマホに目を落とすと先ほどまで見ていた彼女とのメッセージが目に入ったが、カメラアプリに切り替えて彼女の写真を一枚撮る。カシャリというシャッター音の後に表示された写真の中の彼女は、目の前の彼女と同じで、少し眉根を寄せており、何だか迷っているような表情だった。
近づいてかがみ込み、スマホを持っていない右手を彼女の顔に伸ばそうとした所で、彼女と目が合った。
「あ……、おかえりなさい。」
急に目が覚めたといった様子の彼女の表情は、さきほどまでとはうって変わって笑顔だった。
「どうしたの。今日も帰れないかもしれないと伝えたはずだけど。」
今日は、彼女と会えないのだとさっきまで思い込んでいたので、つい確認する言葉が出てしまう。
それを、咎められたと感じたのか、彼女から返って来たのは歯切れの悪い返事だった。
「もし、シモンが帰って来なかったら適当な時間に帰ろうと思ってたよ……」
「でも、気が付いたら寝てしまっていた?そろそろ夜は冷えるようになってきたから、この時間のソファーでのうたた寝は感心しないな。」
外の寒さを思いそう告げると、彼女は俯いてしまった。
どれ位彼女がここで寝ていたのかわからないけれど、薄着な彼女の体かなり冷えてしまっているかもしれない。そう思いながら彼女を抱きしめると、むしろ寝起きの彼女は暖かかった。
次第に彼女の暖かさと、自身の冷たさを感じなくなっていく。彼女に会えた喜びがじわりと広がり、反対にいままで体中を占めていた疲労が消えていくのを感じた。
すっかり、彼女と僕の体温に差が無くなった頃には、持ち帰ったデータをまとめるのにどれ位かかるだろうか、彼女をどれ位まで引きとめても良いだろうか、いっそ今日は泊まって貰おうか、まず何と話しかけようかと考え始めていた。
