10日前:形のないプレゼント
今年もお祝いに参加出来て幸せです!
2人きりで過ごすお誕生日までは忙しいんだろうなぁ、と思いますが、その分甘くラブいちゃ出来る当日が楽しみですね!
「カーット! OK!」
監督の声がスタジオ内に響き渡り、ピン、と張り詰めていた空気が一気に緩むと、あちこちからため息と小さな歓声にも似た声が上がった。
「これで撮影はオールアップです! ありがとうございました。お疲れ様でした!」
バタバタ、と一斉に動き始めたスタッフを視界の端に見ながら、彼女は出演者達へと頭を下げ、労いの言葉をかけていく。
「社長さーん。再現VTRにまた呼んで下さいね?」
「あ、私も!」
「本当ですか? ありがとうございます!」
アンナと共に、機会があればぜひ、と社交辞令ではないトーンで返しているうちに恋花市へと戻るバスの準備が整っていく。
「お気をつけて!」
駐車場を出る大型バスを見送り、ほぅ、と吐息が零れた。
「あと4日⋯!」
両手で頬をパン、と叩いて気合を入れ直し、スタジオ内を片付けているスタッフに合流すべく踵を返した。
「あれ? シモン教授?」
秋の空が夕方から夜へのグラデーションに彩られ始めた頃スタジオの扉が開いた。
真横で作業をしていたクミがパチクリ、と瞳を瞬かせつつ、小さく名前を呼んだ。
「こんばんは」
扉の陰から柔らかな笑みを浮かべて小さく首を傾げたシモンが、ひょっこり、と顔を出していた。
「こんな地の果てまでどうしたんですか?」
「地の果て?」
「だって恋花市の一番端ですよ? 周りは山と森ばっかりですし」
一旦、作業の手を止めたクミが苦笑を浮かべながら問いかける。
「社長に御用ですか?」
お呼びしましょうか、と問うクミに困ったような表情のシモンが緩く首を振った。
「実はサプライズで」
「あぁ、なるほど!」
わかりました、と言うクミが楽しそうに笑う。
「今、彼女はどこに?」
「撮影は終わったので、社長はアンナさんと一緒にこの後の編集の件で監督と編集のエンジニアさん達とちょっとした打ち合わせ中です」
「そう⋯。戻るまで車にいる方がいいかな」
「スタッフがバタバタしてても大丈夫なら、あちらの休憩スペースでお菓子でも食べてて下さい」
スタジオ内の奥まった所にパイプ椅子と折り畳み式の長テーブルが置かれている一角を差してクミが笑った。
「お邪魔じゃない?」
「シモン教授とお話したい女性スタッフの士気が上がります」
「おや? じゃあ、協力させてもらおうかな」
くすり、と笑ったシモンが扉を潜るとスタジオ内のあちこちから小さく悲鳴が上がった。
「シ、モン⋯?」
ぽかん、と口を開けた彼女が固まった先では、ユイやクミを含めた数人の女性スタッフに囲まれたシモンが紙コップを片手に微笑んでいた。
「あ、社長!」
「お疲れ様です。社長、アンナさん」
どうぞ、とクミが差し出したトレイの上にはコーヒーとオレンジジュースの入った紙コップがいくつか乗っていた。
「ありがとう」
「あ、りがとう」
先に手に取ったアンナに視線で促された彼女もコーヒーの入ったコップを取り、そのままひと口飲む。
「お疲れ様」
パイプ椅子に座るシモンの隣まで行くと、座ったままのシモンが彼女を見上げ、にっこり、と笑いながら赤い箱を差し出した。
「⋯ペッキー?」
「食べる?」
「うん」
差し出されたそれに素直に手を伸ばし、一本摘む。
ポリポリ、と小さく音を立てて食べ進めていくと、下から見上げるシモンの口角がゆるゆる、と上がって行くのがわかった。
「⋯な、に?」
「いや。リスみたいで可愛いな、と思ってただけ」
「⋯ッん!」
「大丈夫? ほら、ゆっくりコーヒーを飲んで」
噛み砕く前に大きなままのペッキーを飲み込み、咽せた彼女の背を摩りながらシモンが耳元で囁く。
「ど、して⋯いる、の?」
やっと落ち着いてから本当に聞きたかった事を切り出すと、にっこり、と楽しそう笑ったシモンが唇に人差し指を当てる。
「サプライズ。びっくりした?」
こくん、と素直に頷く彼女の髪を撫でる手のひらに、二人の世界が出来上がりかける。
「さて、社長?」
「ひゃい!?」
小さな咳払いと共に背後からかけられたアンナの声に彼女が慌てて振り返る。
「素晴らしい時間管理と進行で二日も前倒してロケが終了しました。本来なら明日まではロケに同行して頂く予定でしたが終わりましたので」
「は、い?」
「シモン教授のお迎えも来たようなので、先に帰って頂いて大丈夫ですよ?」
悪戯っ子のような瞳で笑ったアンナがシモンへと視線を向ける。
「社長をよろしくお願いします」
お手本の様な角度で頭を下げたアンナに頬を赤く染めた彼女を、見つめたまま、シモンがはい、と答える。
「大切にお預かりします」
「は⋯、え!?」
「ほら、支度してきて下さい」
アンナに背中を押された彼女がパタパタ、と荷物を取りに走る。
「ありがとうございます」
柔らかく細められた瞳で彼女を見つめるアンナにシモンが声をかけると、仕事中とは違った表情のアンナが振り返る。
「明日も有給にしておきますので、伝えて頂けますか?」
「はい。いいんですか?」
「早く帰りたい一心なのか、こっちに着いてから働きっぱなしで⋯。教授のお手伝いもあるとは思いますが、出来たら少し休ませてあげて下さい」
「それはもちろんです。白状すると、手伝いは口実のようなものなので」
「あら?」
くすり、と笑うアンナの視界の端にこちらへと戻る彼女の姿が映った。
「サボりの口実なら怒る所ですが、リフレッシュと休暇なら仕方ありませんね」
ごゆっくり、と笑ったアンナは彼女を待たずに歩き出した。
「シモン!」
「お疲れ様」
大きなボストンバックを彼女の手から攫い、空いた手に自身のそれを絡める。
「明日も有給にしてくれるって」
「え?」
駐車場へと向かって歩きながらシモンがアンナからの伝言を伝えると彼女が嬉しそうに笑った。
「お土産、どうしよう」
「途中で買えばいいよ」
「うーん」
悩み出した彼女を助手席へとエスコートして、運転席へと滑り込んだシモンがグローブボックスへと手を伸ばす。
そこから小さな箱を取り出して、彼女へと差し出した。
「またペッキー?」
「CMとポスターを見て、思い出したんだ」
「何を?」
「前にした約束。覚えてる⋯?」
助手席側へとぐっ、と身を乗り出したシモンが、彼女の耳元へ低く囁きを落とす。
「や⋯、え? あ、えっと⋯?」
「帰ってからゆっくりやろうか。ペッキーゲームを、ね?」
シートベルトへと伸びた手が彼女の頬を掠める。
「た⋯っ!」
「うん?」
「誕生日のプレゼント⋯の、ひとつにして下さぃ⋯」
両手で顔を覆った彼女の小さな声での懇願に、シモンが声を上げて笑った。
「心の準備をさせて!」
「四日も必要なの?」
「だって!」
絶対、何か企んでる、との彼女予想は外れなかったらしい。
