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今年もこうして皆さんと一緒にお祝いできることを、とても嬉しく思っています。
シモン教授に幸あれ!
シモンの誕生日まであと数日にせまったある日のこと。私は番組の企画について相談するため、彼の研究室に来ていた。
「うーん……」
彼の詳しい解説や資料のおかげで、テーマについてある程度理解は深まった。けれど、肝心の切り口がしっくりこない。
「もっと斬新で、キャッチーで、興味をかきたてるものにしたいのに……」
ノートを前にして唸る私の頭を、彼は優しくポンポンと撫でる。
「この状態で悩み続けても、いい案は出そうにないね」
そう言って、空になっていたティーカップに紅茶をそそいでくれた。紅茶の香りのおかげで、身体に入っていた余計な力が少し抜けてくる。
「そういえば、きみが来た時から気になってたものがあるんだけど……」
「気になってたもの?」
彼の視線の先を見てみると、私の鞄からはみ出た手作り感満載の箱があった。
「ああ……これはアイデアボックスだよ」
シモンが不思議そうな表情で微かに首をかしげたので、説明を続ける。
「適当な言葉が書かれた紙がたくさん入ってる箱なの。行き詰った時に引いてみたら意外なアイデアが浮かぶかもしれないって、カンヤがこの間提案してくれてね。会社のみんなや番組のスタッフさんにも協力してもらって作ったものなんだ」
「なるほど……まさに今使うべきもの、ということかな?」
「あ、確かにそうだ! 行き詰まり過ぎてすっかり抜けてたよ」
苦笑しながら箱を机の上に出し、一枚引いてみる。
綺麗に折りたたまれた紙には、「パンダ」と書かれていた。なんとなく誰が書いたのか検討はつくけど、いいアイデアには結び付きそうにない。
私は思わず小さくため息をついた。
「ダメだったみたいだね」
「うん。まあそう上手くはいかないよね。……でもせっかくだし、シモンも引いてみてくれると嬉しいな」
箱を手に取り、彼の前に置く。するとすぐに手を入れて引いてくれた。
「これは……」
どこか見覚えのある紙を広げ、彼は興味深そうに眺める。
「もしかして、当たりだった?」
「当たりと言えば当たり……かもしれないね」
「……?」
よく分からない返答にしびれを切らし、彼の大きな手の中にある紙をのぞき込む。そこには、見覚えしかない筆跡でこう書かれていた。
誕生日プランA 眺めのいい部屋で一緒にアフタヌーンティーを楽しむ
「っ……!」
な、なんでこれがこんなところに……!
反射的に手を伸ばし、すぐ紙を回収する。
シモンはされるがままだったけど、やや残念そうな視線をこちらに向けた。
「まだ読んでいる途中だったのに」
「本当はここに入れる予定じゃなかったから……その……とにかくシモンは読まなくていいものなんだよ」
驚いたことで速くなった鼓動を落ち着かせながら、回収した紙を適当に折りたたみ、ポケットにしまい込む。
シモンの誕生日を祝うプランについてのメモを、間違えてあの箱に入れてしまっていたなんて……。そしてそれを本人が選び取るなんて……どれくらいの確率だったんだろう。
彼の言う通り、当たりと言えば当たり、だったのかもしれない。
「……一応言っておくけど、このプランは不採用になってるからね」
私がそう話すと、シモンはどこか楽しそうに笑って「そっか」とつぶやき、言葉を続ける。
「きみがどんなプランを採用したのか気になるけど……それは当日の楽しみにとっておくことにするよ」
「う……うん。楽しみにしておいて」
かすかなプレッシャーと不安を感じながらも、いつも通りの調子を意識して答える。
しかし彼はこちらの気持ちを感じ取ったようで、私の顔を覗き込んだ。
「もしかして、余計なことを言ってしまったかな」
「そんなことないよ! ただ……こっちのプランのほうが良かったってならないように頑張らなきゃなと――」
「大丈夫、心配しないで」
彼は珍しく食い気味にそう言って、私の手の上に自分のそれを重ねる。
「きみがこうして、僕のために考えを巡らせてくれている。この事実がすでに、かけがえのないプレゼントだから」
やわらかな光を宿した墨色の瞳が、私をまっすぐに見つめる。どきりと、心臓が音を立てた。
「どんなプランだったとしても、きみが選んだものが最善だよ」
そこに、嘘偽りは一切含まれていなかった。確かな信頼と愛情だけで紡がれた言葉のぬくもりが、私の身体をじんわりとあたためる。
心を薄く覆っていた不安は溶けだし、代わりに安心感と小さな自信が芽を出す。
そして不思議なことに、ずっと頭を抱えていた企画まで、なんとかなるような気がしてきた。
「ありがとう、シモン」
彼の手を握り、もう一度口を開く。
「今年の誕生日も、期待しててね!」
