7日前:秋の桜雨
お誕生日カウントダウン空気が薄めですが、優しい目で見ていただけると幸いです。
シモンは主人公に甘やかされてることを理解してると思ってます(強火)
その日は雨だった。書き続けていた論文が一区切り付きシモンは眼鏡を外し目頭を軽く抑えた。何時間自分が集中していたのか気がつかなかったが、身体から感じる疲労感は間違いなく日を跨ぎ翌日になってるのだろう。カーテンを閉め切っていたため昼か夜かの検討も時計がなければ怪しい。手元で参考資料を表示していたタブレットの時計表示は8時だ。
シモンが研究に集中するあまり時間を忘れて過ごすことはいつもの事だった。
それは彼女がそばに居るようになって多少は改善の兆しは見せたもの、本来の性分と気質、彼女の深い理解と甘やかしによって結局彼は気がつくと研究に没頭していた。
(流石に怒られるかもしれない)
時折シモンもそう思うことはある。彼女も自分も似たところがありその一つは仕事人間であり無茶をすることろが上げられるだろう。積極的に彼女の面倒を見ていた頃の方が要領よくスケジュールに組み込み小まめに連絡をしていた気がする。しかし、これもまた理解され許容され甘やかされ自分から離れないという自信から、彼女を蔑ろにしているわけではないが気がつくと彼女からきっかけを与えられてることの方が多くなっていた。ひとつひとつのやりとりが彼を癒していて、心が通じ合っていることによることが回数が少なくても互いに互いを癒していた。
彼女の連絡ひとつあれば彼女が全てにおける最優先になるのだから、助手のレックスもシモン教授の精神と体調管理の為に必要不可欠な存在であると理解している。どうやら最近は助手との交流も増えてる。良いことだと思うし、レックスはしっかりと「シモンの大切な女性」であると理解した上で接してるのだから問題はない。問題はないが、どんなに忙しくても自分に声をかけて欲しいと言うのは今は伝えていない。
時間で朝だとわかったのに研究室は仄暗い。カレンダーは翌週に赤丸がついていた。自分が唯一全てを受け入れている彼女が「シモン教授が忘れるとは思わないけれど……」と断りを入れながら上目遣いでお願いされて書き込まれた自分の誕生日だ。あの時を思い出すだけで、どんなに辛い離れた時間であれ口元に笑みが浮かぶ。
シモンはカレンダーの十五日に描かれた炭のような濃い印を見つめた。きっと楓よりも赤い色をしているのだろうと記憶にある貴重な色彩を浮かべ目を閉じた。
人は視界を遮ると他の感覚が増す。
シモンは窓の外から柔らかな音に雨が降っていたのだと気がついた。
記憶の中の楓が降り注ぎ雨音は木の葉が起こす漣のようだ。
(これはいつの記憶だろうか……)
いつの間にか視界に降っていた楓は淡い蛍の光のように瞬き、甘い香りが自分を誘っていた。
(記憶なのか?夢なのか?)
疑問による理性が意識をハッキリさせようとするものの背に感じた温もりに身を委ねた。
「こんな綺麗な場所があったんだね!」
ここは恋花大学の裏にある一角。桜と月がよく見える場所だった。
彼女とフラワームーンを見にきたのだ。
何かを口実にしないと背伸びをして走り続けてしまう彼女を番組顧問という肩書きを使い休ませる。一生懸命生きている彼女は好ましく、これから起こる困難に立ち向かうには必要ではあった。それでも、わずかな時間であったとしても彼女を癒し時間を共有したかった。そして自分から離れられないように……
「どこかの敏腕プロデューサーさんは周囲の心配に気がつかず無理することが得意だからね」
奥底に秘めた彼女へ近づく理由を伏せ、人当たりの良いシモンの笑みを浮かべた。
何故と問わない彼女に連れてきた理由を口にする。
疑うことなく、いつものように感謝を述べられる。
背中合わせで座って見た桜はどこか現実味のない物だった。
異常気象で咲いた桜は秋の月光の下で淡雪のように煌めいていた。
その光はこれからの出来事の警鐘のように仄かに揺らめき2人の上を舞い散った。
「シモン教授。シモン教授」
聞き覚えのある声に目を開けると机のPCモニターはスリープに入ったのか真っ暗になっていた。
再び軽いノック音とレックスくんの声が聞こえる。
消えたモニター前に「15日まで身体を壊さないでね」と可愛らし蝶の付箋をつけたポットが置かれていた。中身は彼女の特製のスープであることは触れなくてもわかる。
「来たなら声をかけて欲しかったな」
おそらく彼女は眠りに落ちていた自分に気を遣ってこっそり置いて行ったのだろう。先ほどの時間から考えれば出社前に。
「まったく、きみは……」
シモンの優しく慈しむような声は誰にも聞かれず部屋の空気に溶けて消えた。
ドアの外に待たせた助手の事をすっかり忘れ、夢か記憶かハッキリしない事より先に、今ならまだ間に合うかもしれないとスマホを手にして彼女へと電話をした。
他愛のない会話と揶揄い。
「どうして起こしてくれなかったの?」
「だって、貴重なあなたの睡眠時間だと思ったの。シモンの寝顔ってどれだけ見ても飽きないよ」
「起きてる僕には興味ないってことかな?」
「そうじゃなくって……」
「このままだと誕生日当日まできみと会えないよね?」
「う、うん」
「それだけ今年のサプライズを楽しみにしてってことでいいのかな?」
「サプライズは準備してるよ?今年こそって思ってるけどハードル上げないで……」
「サプライズじゃなくてもきみに会えるだけで幸せなんだよ」
誕生日も楽しみだが、彼女が同じ世界で時間で居てくれる事が何よりも大事なのだと。
きみに会えて隣にいてくれることが人生最大のサプライズなのだ。
電話越しで「私も……」と続いた言葉は彼の記憶だけのもの。
